想いの伝え方レッスン

人見知りを克服する方法が役に立たない理由と、人見知りの本当の意味とは?

こんにちは、中條マキコです。

 

今日は、「人見知りを克服する方法が役に立たない理由と、人見知りの本当の意味とは?」というテーマでお話ししていきたいと思います。

 

人見知りの意味を調べると

従来は子供が知らない人を見て恥ずかしがったり嫌ったりすることである。大人の場合は「内気」・「照れ屋」・「はにかみ屋」・「恥ずかしがり屋」の言葉をあてるのが標準的である。社会心理学では、社会的場面における上記のような行動傾向をシャイネスという
出典:Wikipedia

つまり、本来は大人になったら卒業できるもの、という前提のようですね。。。!?

 

しかし、私も含め、もう、その必要のないはずの人見知りの性質を、「内気」とか、「人付き合いが苦手」などという言葉で、ずっと抱えている人も多いという感じがします。

なぜなかなか卒業できないのでしょうか?

 

そういう私も昔、とびっきりの人見知りでした。

50代になってやっと人見知りを「克服しない」世界を楽しめるようになりました♪

ん?もう一度言います。

克服しない」です!

 

「それいいな〜」と思ったアナタ。

「結局、周りを気にせず図々しく生きろってことでしょ」と思ったアナタ。

 

人見知りをただ、自分の人生のやっかいもののように考え、データを削除するように、さっさと消しされたら、と願うのは、私から言わせると

「もったいない!」

 

人見知り・内気・恥ずかしがり屋・シャイ・照れ屋・引っ込み思案

すべてが、人の素晴らしい「資質」なんです!

 

それらを悪者にした、「人見知りを克服する」というハムスターウィール(回し車)を、一度外から見てみませんか?

そもそも自分の「人見知り」ってどんな意味を持つものなのか、というところをじっくり見直し、じゃ、どうやって「人見知り」と付き合っていくか?

というところまでを、私の体験談もふまえ、前後編に分けてお伝えしていこうと思います。
後編「人見知りは克服しない!治さない!で、こうして解消する」は、こちらから

 

そのあとで、ウィールから出るか出ないかは、あなたが好きな方を選び取ってください♪

もちろん「出ようぜ!」というお誘いなんですけれどね♪

では参りましょう。

 

1.人見知りを克服したい理由って?

人見知りを克服したい理由といえば、仕事や恋愛に支障があるから、という答えが多いのではないでしょうか。

元・人見知り、内気の私は、仕事もずっとほぼフリーランス、そしてずっとシングルです。

 

それはあえて自分で選びとってきたものですが、自分の人見知り遍歴を振り返ると、人見知り・内気さが関係していないとは言い切れません。

 

そんな元・人見知りとしては、結婚ができるという時点ですでに、人見知りではない!というのが持論(笑)

多くの既婚者が、内気だとか人見知りだと口にするのを聞くと、いつも「納得いかん!」と思ったりします。

 

これよりひどい、これよりマシ、と比べるつもりはありませんが、私の小さい頃は、ほんとにひどい人見知り・内気でした。

  • 親戚の人が遊びに来ても、恥ずかしくて顔を出せず、挨拶もできず、帰る頃になってやっと遠くからサヨナラと言うのが精一杯。
  • 近所に住む、よく一緒に遊ぶ年上の女の子が、幼稚園のトイレの前で遊んでいたら、恥ずかしくてその前を通ってトイレに行くことができない。
  • 耳鼻科の通院に、一人で行きたいと言い、着いたまではよかったものの、恥ずかしくて診察券が窓口に出せない。

面白すぎるでしょ?今書いていても、自分でも意味のわからないレベルです。

 

耳鼻科が始まる時間に行ったのに、午前中の診察終了時間近くまで、ウジウジとずっと診察券を出せないのですから、そりゃ、困ります。

自分でも本当に「どうしたらいいの、もう!なんとかしたい!」と思っていました。

 

そして、私の母も「この子は将来、社会に出て大丈夫かしら、生きていけるのかしら?」と、たいそう心配し(そりゃ当然です)なんとかして人見知り・内気を「克服させねば!」と考えていました。

そう「人見知り克服」は、私自身だけでなく、母の願いでもあった、ということ。

「人見知り・内気克服」を考える時に、ここがちょっとトリッキーなところとなります。

 

母親の願いを、子供はしっかり自分のものとしてキャッチしてしまうものですから。

 

1-1.人見知り「だから」困難なのではない!

しかし、私にしても、そうは言いながらも、まったく人見知りや内気さを発揮せずに済む領域、というのを持っていたのも事実です。

 

耳鼻科の事件でも、一人で通院してみたい!と、大胆に母に訴え、実行しているところは、まったく内気さを感じさせません。

20代になってからも、まだ時に、男性と話すことができないということも起こってましたが、それにもかかわらず、漫画家になりたくて、大手出版社にアポを取り、一人で持ち込みに行っています。

 

つまり、人見知り・内気と言いながら、わたしも、他人との結婚に漕ぎ着けた人たちと一緒ということですね〜ww

結局「自分の周り360度、全方向において人見知り・内気」というのはないんです。

そんな人って、たぶんいません。(いたらお許しを!)

 

自分を含め、いろんな人の人見知りの話を聞いてきて、そのアンバランスさはずっと不思議に感じてきたものでもありました。

 

自分を「人見知り・内気」だと判断し、「あちゃ〜ww」と、残念な気持ちになる時。

対人関係に困難が生じる性質というのを自分が持っているからだ、それが騒ぎ出した!と、まるで病原菌を持っていたり、悪いところがあるかのように感じてしまいがちです。

 

しかし、実際のところそれは、「自分が対人関係においてやりたいと感じたことを、できなかったという後悔を伴う体験」をした、というだけのことなんですね。

 

そして、そういう機会が多い、と感じた時、自分を「人見知り」「内気」と判断してレッテルを貼ります

 

一月に何回以上感じたら、どんなケースでどんなことが実行不可能だったら、という基準はないので、あくまでも自己申告、そして本人のフィーリングに基づくものとなります。

 

なので、「人見知りで」と言うと、「自称:人見知りだ!」と悪口を言われてしまうことがあるわけですね(笑

 

1-2.人見知りのタイプや種類って本当にあるの?

たぶん、人見知りや内気も、こういうケースでこんなことができない人、というのをまとめていけば、なんらかの傾向が見つかるでしょう。

 

心理学などでは分類されているようですが、個人的には、どういうタイプで、どうすれば克服できる、と書かれているのを読むと、なんだかイヤな気持ちになります。

なんかしら、どこか傷けられたような感じがするんですね。

 

克服することを前提にタイプ分けされているせいで、結局どんなタイプであっても、自分の今の状態を詳細に取り上げ「それじゃダメ!」とダメ出しされている、という感じがするからです。

「そんな、神経質すぎる」と思われる方もいらっしゃるでしょう。

 

しかし、この「克服」する、の裏には、「今のままではダメ、今のままでは望みのものが手に入らない、今のままでは幸せになれない、やりたいことができない」という、脅しのメッセージが潜んでいること、お気づきですか?

 

これは「怖れ」というエネルギー

実際多くの人が、これを原動力として生まれる力を使って、「やらなきゃ!」と自分を鼓舞することで、物事を成し遂げたり、夢を叶えたりしています。

「大学を出ていなかったら就職できない!受験頑張らなきゃ!」とか

「太っていたら、ヒトから管理能力がないって言われる、ダイエットしなきゃ」

 

などといったものも同じで、他人からの評価が下がることで、自分が貶められたり、不利になったり、生きていけないと思い込んで、怖れを感じ「そうならないように頑張る」という方式です。

 

わかりやすく、とても力を発揮しやすいやり方なので、昔から、家庭でも学校でも、メディアでも、とてもよく使われています。

 

しかしわたしは、この怖れから生まれるエネルギーを使う、ということを断固としてお勧めしません!

 

怖れのエネルギーを原動力に使うと、短期的にはすごく効果があるように見える、そしてすごくやっている感が感じられます、しかし結果的にココロとカラダをものすごく消耗するのです。

 

脳科学的に見ても、「〜しないように」という考えは、逆にそのなりたくない状況に、フォーカスする結果となり、望んでいないのにそちらに進んでしまいやすい、という結果になりがちです。

引き寄せの逆バージョンですね!!!

 

これは、実は費用対効果が低く、人間の本来のココロとカラダの仕組みをいかさない、コストパフォーマンスの悪い方法。

 

逆の「楽しい、嬉しい、ワクワク」から生まれるエネルギーを使っていった方が、もっと、ココロとカラダ全部が協力してくれるんです!

そして楽!

 

それはレッスンでもお伝えし、生徒さんがそれで驚くような変化をしたり、自分が今まで学んできた中で体験したことから、実感を持ってそう感じるからこそ、確信を持って言えるところです。

 

「楽しい、嬉しい、ワクワク」を、原動力にすると、「怖れのエネルギー」よりも、もっと自由でパワフルで、自分の未来につながる結果が得られます。

 

だれもが持っていて、使うことを選びさえすればいいやり方です。

わざわざあえて、結果的に消耗してしまうエネルギーを、選ぶ必要はないのです。

 

人見知りを、もし克服すると決めたとしても、そういった怖れのエネルギーから行動するのは、避けたほうが無難ということです。

 

1-3.世界中の人、全てが人見知りである!

結局「人見知り・内気」というのは、人間なら誰でも持っている資質にすぎないんです。

それを持って学び、育てることで、困難さなく、本来の子どもの時の「人見知り期」として、卒業でき得るのではないかと私は考えます。

その資質を、悪いもの、としてとりのぞき「克服」しよう、とするのは、そこから学び、成長する機会を失うということではないでしょうか。

 

私を含め、多くの人が大人になっても「人見知り・内気」という言葉を使い、コミュニケーションで悩んでいるというのは、克服しよう取り除こうという対処をしたせいで、学び損なってしまったからなのではないか?と思うのです。

 

もちろん、人見知りを卒業できれば、コミュニケーションで悩まなくなるかといえば、それはありえません。

アドラー心理学では「人の悩みの全ては対人関係」と言われます。

 

人は人間関係から学ぶ生き物だというのは、間違いなさそうです。

なので、残念ながら程度や頻度は違えど、一生、対人関係に悩まされるということでもあります。

 

しかしながら、それを、憂鬱だと感じる必要はありません。これは人間の本当に素晴らしい望み、願い、の裏返しなのですから。

これはまた最後にお話ししようと思います。

 

1-4.人見知りの現れ方は人さまざま

わたしたちは、自分が出会う全ての人と、完璧にコミュニケーションしたいわけではないはずです。

好みも事情もあります。

人見知りを発揮する相手と、発揮しない相手がいていい。

相手に得意不得意があっていいということです。

 

私は子供の頃「友達100人できるかな」という歌に、かすかな怖れを感じていました。

「そんなのとんでもない!」と思っていたのです。

 

すべてのヒトと仲良くなる、は、美しいうっとりするようなストーリー、しかし幻想です。

それは、争いがあって当然という意味ではありません、合わないヒトがいて当然ということです。

 

それでも分かり合い、お互いの益を求めて協力しあう方法を、編み出し、工夫できる力を、人間が標準装備でもっているからこそ、合わないヒトがいても全く問題ではない、という意味です。

 

他人や先生と、家族と、友達と同じでなくていいし無理につるまなくていい。

友達がいなくたって大丈夫です。

 

 

人はそれぞれ得意不得意を持っていて、その違う形のあいだ隙間を、想像力や工夫、ツールを使って、その距離を近づけ、協力しあうことができるのですから。

 

「人見知り」は、そのタネとなるもの、なのではないでしょうか?

 

2.人見知りは克服すべきか?

昨年、GACKTのオフィシャルブログで、人見知りについての記事が書かれてました。

『人見知りなんで・・・』
などという言葉は、
ガキだけに許された言葉だと思っておく方がいい。

(中略)

コミュニケーションを他者と取らないということは
【社会】においてある種の責任を放棄していることに繋がる。

出典:GACKT オフィシャルブログ

ちょっとキツイ言葉。世の中にはこういう意見もあるわけです。

 

いろんな受け取り方があるとは思いますが、これを、「だからしかたない」と、諦めの材料に使うのは、前にも出た、「怖れを原動力とするやり方」です。

この意見を利用して、変わろうとするのは自由ですが、もしやるならば、ぜひ「楽しい・嬉しい・ワクワクする」というエネルギーを持って、考えてみる、を付け加えることをオススメします。

 

ここで読み取っていただきたいのは、そう、「人見知り」が、言い訳だという意見もあるということです。

 

2-1.人見知りという言い訳

「人見知りなので」ということで、確かに何かを免除され、一見ラクをすることができると感じられる部分もあります。

前出の記事を読んだ感想などで「よく言った」なんていうものがあるのは、結局、人見知りだと言ったもの勝ちじゃないか、ということなんですよね。

 

日本社会って、人よりラクをしている、というところにものすごく嫉妬するし、逆にヒトからそう見られることを恐れもします。

 

自分だって、好きでやっているわけじゃなく、我慢してやってるのに、人見知りと言ってそれが免除されるなんて、ズルい、という気持ち。

そうそう、これもまさに、怖れを原動力として「頑張る」というやり方なのですよ!

これによって生まれる負のエネルギーって、パワフルでつい巻き込まれてしまいます。

こういうエネルギーには、近寄らないようにしましょうね。

ついそれが、正しいと勘違いしてしまいやすいですからね。

 

2-2.人見知り・内気というコンフォートゾーン

しかし、他人だけでなく、自分への言い訳にもなっていた、ということに、わたしが気づいたのは、5年前でした。

その頃私はまだ、かなりマシになってきた、と思いながらも、たまになぜか発動される人見知り・内気さに、「まだ残ってたのか」と、打ちのめされることも少なくない、という状態でした。

 

ある日、駅を歩きながら、その自分の根深い内気さと、反面、大胆なところもあるのはどういうことなんだろう?と考えていたところ、ふと、こんな考えがやってきました。

 

この人見知り、内気さ、は、生まれつきの性質だと思っていたけれど、もしかしたら、自分が小さい時、何かの刺激に反応し、それが本当になんの力のない、赤ちゃんの時だったせいで、内気という対応以外の防衛手段がなく、自分で選んで取り込んだものなのでは?

 

この、生まれつきではなく、選んだ、という考えが、あまりに新鮮で、世界がぐらーっとゆらぐような気がしたのを覚えています。

 

今までのように、生まれつきだから、とあきらめなくてもいい。実はわたしは、何をしても自由ということなのか!と、何かが腑に落ちました。

 

しかし同時に、いままで「人見知り・内気」だから、しかたがないという免罪符を、自分に与えていた部分があったことにも気づき、もうそれができなくなるのだ、と思うと、うっすらとした残念さと、怖さが訪れました。

 

本当に悩んで嫌気がさしていたはずの「人見知り・内気」に、逆に頼っていたこと、そのおかげで守られ、安全でいられたということ、に気がついたのです。

 

これからは、失敗しても、人見知り・内気のせいではなく、自分の選択であり、責任なのだ、と考えると、武者震いがしました。

こんなふうに、私は、自分の人見知り・内気というコンフォートゾーンから出ることになり、そして人見知りを克服しないという道を選びました。

 

2-3.動物行動学で語られる「期待と恐れ」

ノーベル生理学・医学賞をとった動物行動学者、ニコ・ティンバーゲンの本「ティンバーゲン動物行動学 下巻」に、面白い記述を見つけました。

彼は、カモメの求愛行動などについての観察実験を続けた、研究者です。

カモメのつがい形成時に、相手に接近することへの葛藤が、その行動から見て取れるが、それと同じと思われる葛藤と行動が、実は人間の子供と見知らぬ大人との接近においても、観察できるのだというのです。

期待を持って近づきながらも、その近づくという刺激の入力の強さによっては、怖れが生まれ、視線をそらしたり、体を遠ざけるという行動が現れるのだとか。

要するに、私は先に述べた子供達は、そして手に入れうる証拠にしたがえば多くの自閉症児もすべて、実際まさに熱烈に社会的絆を確立したいと欲しているのだと思う。しかし、恐怖による阻害によって、彼らは適当な行動を示すことを妨げられているのである。(出典:「ティンバーゲン動物行動学 下」)

私はこれを読んで、本来の意味での人見知り、と言われる行動をとる「資質」を、動物は、当たり前に持っているのだと、思いました。

 

そして、子供が持っている期待と恐れ、という、まさに自分が小さい頃に示したものは、当然の反応だったのだと感じたのです。

 

それを心配され、克服しなきゃと、周りのの思いを受け取って思い続けてきたのだとしたら?

本当は、人見知りと呼ぶことさえしなくてもいいのでは?

これを克服する必要ってあるの?

 

もしかしたら、克服しようとするあまり、問題にしすぎるあまり、大人になっても引きずり、こじらせてしまうということが、あるんじゃないだろうか。

 

母が私を心配して、人見知り・内気を克服しようとしてくれたのは、もちろん愛情からなのです。

ありがたいと思っているし、親として当然とも思える。

 

しかしもし、人見知り・内気を、克服すべき問題として扱わずに、人見知りを発揮しない領域を伸ばす、という方法で対応していたとしたら?

そうしたら、人見知りというタネは、もうすこし違う育ち方をしたのではないか、と思ったりもしたのです。

 

Googleなどで、人見知りで検索すると、「何歳、人見知り」「人見知り いつから」という言葉を、多く見かけます。

きっと、多くのお母さんが、自分の子供の人見知りで、私の母のように心配しているのだろうと思うと、少し気がかりになります。

 

どうか、それを問題として取り除き、克服するという、怖れのエネルギーによる選択ではなく、楽しい・嬉しい・ワクワクするという「愛のエネルギーによる選択」を持ってみてほしい、と、おせっかいながら思うのです。

 

3.「人見知りを克服する方法」が役に立たないわけ

ネットを見ている時に、人見知り解消法、人見知りを克服する方法、などがあると、元・人見知りとしては少々気になるもので、つい読んでみたりします。

そして思うのは、その提案されていることをするのが困難じゃないかしらね?ということ

 

たいていのまとめとしては、我慢し、がんばること、みんなそうしているんだから、と、説教じみたことを言ってきます。

 

言葉の下に潜む「それが人生っていうもんだよ、いい加減大人になれよ」というメッセージ、そして「人見知りとか言って、自分だけ楽しようなんて思うな」という、連帯責任を課して脅すという雰囲気までも漂います。

 

私の深読みがすぎるかもしれないことをご了承ください(^_^;)。

こんなふうに結局、みんな「怖れ」を元にしたエネルギーで動き、考え、行動している。

 

そしてヒトを、自分と同じところに引きずり降ろすことに、エネルギーを注いでしまっているんです。

 

3-1.人見知りは、慣れること、開き直ることで改善できる?

多くの克服法を読むとまた「慣れること、開き直ること」を、ちょっと勇気を出して、そして頑張ってやりましょう、と書かれていたりもします。

 

慣れるために、なんらかのグループに参加したり、バイトをやってみたら、という提案と、やった感想としては「やったら意外と楽しかった、できた」というもの。

 

しかし、これは人見知りというよりは、体験したことのないことが怖かった、の割合の方が強いものという気がします。

対人関係に関する怖れを、「人見知り・内気」に全部、紐付けし、一般的な解消法を提案しているような印象です。

 

そうすると、あんまり効果がでない、かつ、ダメだった場合に、結構ダメージが大きかったりします。

 

自分は、やっぱり相当な人見知りなんだ、と、その考えを強く持ち直してしまったり、人とは違うのかも、といったマイナスのイメージをさらに負荷してしまったりする可能性もあります。

 

3-2.人見知りの人は、自意識過剰を直すべき?

自分が思うほど、他人はヒトのことを気にしちゃいない、確かにこれは真実な部分もあります。

しかし、ヒトのシステム的にはどうでしょう?

よく、あがり症の人や、人前で緊張してしまう人にも、同じように「お客さんをかぼちゃと思え」と言ったりするものです。

 

実はこれは、人間のパフォーマンスが下がるやり方として、今では、脳科学的にも逆効果な暗示だということがわかっています。

実際に目の前にいるお客さんを「いないことにしよう」と決めることは、実際とは違う「ウソの情報」です。

 

ウソの情報を自分に与えてだまし、緊張と呼ばれる身体の反応を押さえ込もうとするわけですが、この時、身体はすでに無意識に情報を集めていて、そこにお客さんがいることを真実としてキャッチしています。

 

パフォーマンスは、特に普段とは違うエネルギーを多く必要とするため、カラダはその情報に基づき、いざ!と、そのエネルギーを作り出している、そんなところに、ウソの情報がやってきます。

 

「お客さんはいない、そのエネルギーは必要ない」そんな情報を新たに受け取り、その情報の相違に、身体が混乱してしまうのです。

「え?いや!目の前にヒトがたくさんいるけどな〜。え?いないって。。。いやいや、どういうこと???」

 

そうして結果、自分のパフォーマンスを下げ、緊張させてしまうことにもつながってしまうのです。

 

3-3.人見知りの人が本当に望んでいること

人見知りのヒトは、もっと他人に興味を持とうとか、相手のことを考えて、というアドバイスも、克服法にはよく書かれるものです。

 

しかし、よく考えてみてください。

ヒトと関わりたくない、一人でいたい、という思いをもっているのだ、と、自分でも!他人からも思われがちですが、それは間違いです。

 

逆なんです。

他人との関係に、期待があるからこその行動で、その結果として、怖れが生じているわけです。

 

はじめに存在する「期待」とは?

 

それは「他人とコミュニケーションを上手にとりたい!笑顔で会話したい!繋がりたい!という想い」です。

それがあるからこそ、それに基づいた行動も怖いし、結果への怖れも大きくなる。

 

人見知り・内気・シャイ・照れ屋・恥ずかしがり屋・引っ込み思案、という反応は、カラダ全体を使い、その態度で「あなたと仲良くなりたいです!」と大声で訴えているのと同じなのです。

 

小さい時、親戚のヒトが遊びに来ても、帰るまで挨拶に行けなかった私も、本心では、すぐに挨拶に行けたら、もっと長く遊べるのになぁ、と思っていました。

そうでなければ、布団をかぶって閉じこもっていればよかったはずです。

 

4.人見知りは克服しなくていい!

人見知り・内気は、人に興味がないのではありません。

逆なんですね。

 

人に興味があるからこその悩みなのです。

実に人間的な素晴らしい資質と言えると思いませんか?

 

その資質を、人との間の刺激に慣れたり、無関心になること、開き直ること、で押さえ込み、克服しようとする。

そうやって押さえ込んでしまうから、いつまでもタネのまま、存在し続けることになる。

 

自分の、そして子どもの「人見知り・内気」に、怖れではなく、「楽しい、嬉しい、ワクワクのエネルギー」で取り組む、という選択肢をもったら、いったい、何が起こるでしょうか?

 

5.まとめ

ただ、克服しなくていいと言っても、依然、他人との関係においての困りごとが、なくなることはありません。

 

しかし、自分を罰することをやめ、ヒトへの信頼を育てたり、態度以外での表現方法を開花させたり、交渉技術を身につけたり、さまざまに工夫をしていく力をわたしたちは持っています。

 

そして、小さい時の人見知りを、育てきれなかった、と言う場合でも、自分の中に残る人見知りの芽を育てる方法を、今からでも工夫していける、そういう力も備わっています。

 

前編はそろそろおしまいですが、後編はこちら

人見知りは、克服しない!治さない!で、こうして解消する

ちょっと育てきれなかった大人の人見知りを、自分の本当の望みに沿った、そして自分に優しく、エコロジカルで、建設的なやり方で、解消していく方法をご紹介します。

なんと、姿勢も大いに役立ってくれるんですよ♪

 

最後に、もし、あなたが自分を「人見知り・内気」だと感じることがあったら。

それは、「自分には、他人と仲良くなりたい気持ちがあふれている」って思い出すための、合図なのだと知りましょう!

 

謙遜はしないで。

自信を持って。

 

誰がなんと言おうと、人間である以上、だれもが標準装備で持っている資質であり、真実なのですから。

 

お読みいただき、ありがとうございました。

ABOUT ME
中條 マキコ
3歳からの横浜育ち、横浜在住。 PC歴22年とフリーランスでのイラスト・webデザインの仕事の経験を生かし、その人の「想い」を反映させた集客ツールづくりをお手伝い。アレクサンダー・テクニーク教師、シータヒーリングマスターでもある。パソコン大好き。手帳から骨格標本から部屋の内装まで、モノをカスタマイズ工作することが好き。ウッドベースが趣味で毎月Jazzライヴに出演中。

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