日日是好日

ウォーキングに健康効果を求める時に気をつけたい3つのこと

こんにちは、マキコです。

一ヶ月後に控えた、往復10時間の屋久島トレッキング!

リタイアすることなく縄文杉とご対面したい!との想いから、体力をつけようと、1日5〜7キロのご近所ウォーキングを始めました♪

 

そうして近所を歩いていると、ウォーキングをされている方の多いこと。

もちろん自分の健康を願ってのことと思われます。

 

手軽で始めやすいウォーキングですが、現在90歳の私の母も、昔「健康のために」と、歩くことを心がけていました。

「1日1万歩」というのがさかんに言われていたころでしたが、それを心がけた結果として、実は腰を痛めてしまったのです。

「健康のために」やっていたはずなのになぜ?

 

母のことを振り返って、そして自分がウォーキングを始めて、また姿勢と動きを教える立場として。

わたしが思ったのは「健康のために」という、誰にでも恩恵があると感じられるこの言葉、このおかげで、安易に始めたり、頼り過ぎてしまったり、過信したり。

そんな「うっかり」が、自分の健康のためにならない取り組み方をさせてしまっている、ということでした。

 

「ウォーキング」を自分の健康の役に立つものにするために、気をつけるべきこととは?

「健康」のためにウォーキングでも、と思っている中高年以上の方に読んでいただきたいなぁ。
ではさっそく参りましょう。

1.ウォーキングで健康に!は本当?

スポーツ庁の体力・スポーツに関する世論調査(平成25年)によると、「この1年間に行った運動やスポーツは?」という問いに、ウォーキングと答えた人が50.8%。

「運動・スポーツを行った理由」については、
健康体力作りのため」が56.4%「運動不足を感じるから」が43.8%。
「今後行ってみたいと思う運動やスポーツ」では、ウォーキングが53.5%。

 

ウォーキング、とても人気がありますね。
健康寿命を伸ばそうと、毎日10分よけいに運動を、との呼びかけも高まっています。

そんな中「ウォーキング」というのはある意味普段やってることの延長に近く、とても始めやすいもの。

道具もいらない、お金もかからない、すぐできる、というお手軽さ。

 

始めるのにハードルが低いものだからこそ、あまり考えずに「健康のため」「健康にいい」という言葉を疑わず、すぐに取り組める。

しかし、自分が本当にウォーキングで健康になれるのか、というところをよくよく考えて取り組んでいただきたいのです。

 

わたしの母は現在90歳で要介護状態なのですが、実は70代の頃には「1日1万歩で健康に」というのを意識して、毎日ウォーキングをしていました。

しかし、ある日腰を痛め、それを機に歩行がだんだんと困難になっていってしまったのです。

 

健康のために、のつもりが健康を損なってしまった、その原因は何にあったのでしょう?

1-1.ウォーキングで健康になれなかった話

今となっては「健康のために1日1万歩」は古い常識。
東京都健康長寿医療センター研究所の研究で導き出された結果によると、速歩き20分を含めた1日平均8,000歩が、健康のために最も適している、のだそうです。

ではわたしの母は、8,000歩を超えて歩いていたから、健康になれなかったのでしょうか?

母は、特にウォーキングの時間を設けていたわけではありませんでした。

買い物を近所ではなく、家から20分ほどの商店街に行くことで、ほぼ1日1万歩を目安としていたのです。

そして少し寒い時期のある時、自分でもちょっと足腰が冷えてしまったと思いながら買い物から帰る途中で、突然ひどい痛みが腰に走り、なんとか家にたどり着く、という状態に。

それ以来はウォーキングをやめて近隣で買い物をすませるようになり、整形外科に通うようになりました。

何かが起こった時、身体の具合が悪くなった時、なにかが原因、と特定することは難しいものです。

何かをしている最中だったからといっても、それはきっかけにすぎず、他の原因があるということもあります。

しかし、可能性をいろいろ推測することはできます。

わたしが今持つ、姿勢とうごきの知識という面から、原因の一つを推測すると「自分の身体や関節に、負担をかけるような歩き方の習慣を持ったまま、長距離を頑張って歩いていた」ということが考えられます。

そのために、本来のうごきによってかかる以上の負担が、関節や筋肉にかかり、痛めてしまい、そこに関連する歩行機能に影響がでてしまった。

母はその後、病院通いの頻度が増えていき、いろいろと自分なりに手を打つも悪化の一途をたどり、外に出られなくなり、移動が不自由になり、15年ほど経ったところで脊椎圧迫骨折にみまわれ、そして入院。

今では自宅介護という状態です。

他の人のケースで「健康のため」とウォーキングを始め、膝が痛いのをだましだまし続けていたところ、痛くて歩けなくなってしまった、という話も聞きます。

自分の体や関節に、負担をかけるような歩き方」のままウォーキングを続けるのは、思ってもみなかった結果となることがあるのです。

1-2.ウォーキングを自分の健康につなげるためには

「自分の身体や関節に、負担をかけるような歩き方」というのはどういうことでしょう?

たとえばハサミで考えてみましょう。大抵のハサミは右利き用です。

そのハサミを、右手で使うとすんなり切れますが、左手で使うと、力のかかり方が右手の時とは違ってきてしまいます。

そのため、ハサミが切れづらくなることがあります。

ハサミに伝わるべき力が、本来設計されているように伝わらず、両刃がすんなりとスライドできない方向に、力がかかるからです。

ハサミの本来の機能は発揮されず、本来使い続けられるはずの期間よりも、短い期間で痛み、ハサミとして使い物にならなくなってしまいます。

同じようなことが、人の身体の機能、つまり関節などでも起こりえるわけです。

わたしの母が、腰を痛めたあとによく言っていたのは「歳をとると骨がもろくなり、関節もすり減ってしまう。その状態で1日1万歩なんて悪くするだけだった。」というものでした。

しかし、歳をとると誰でも必然的に骨がもろくなり、関節がすり減ることは避けられないというイメージは、実は間違いです。
厳しい言い方になってしまいますが、もろくよわくなるかどうかは、どんな使い方をしてきたか、が大きく関係してきます。

もちろん、生まれ持っての個体差というのはありますが、生まれてから60年70年、自分の持つ機能をどう使ってきたかの影響は考えているよりも大きいもの。
一生使えるかどうかは、基本的に一人一人の生活習慣と、身体の使い方の積み重ねによる、個人差なのです。

そして、歳をとってしまったからと言って、もろく弱く「ならなくていい」し、「ならずにいられる」のです。
本来右手で使えばすんなりハサミを使えるように、人の構造も、本来のその人の構造にあった使い方、歩き方をすれば、本来の寿命で使っていけるはずです。

しかし、その使い方を身につける過程で、小さい時に親や周りの人の真似をすること、また様々な経験や習慣などで、そしてなにか身体にとってやむを得ない事情によって、左手でハサミを使うのと同じことを、無意識のまま選んでしまっていることがあります。

本来の動き方を、さまざまにアレンジしてしまったまま気がつかずに、ウォーキングなどで酷使する、
そういった時に不具合が起こるのも当然なのです。

わたし自身、そういった原因での膝の痛みを経験しています。

脚の構造には、脚を曲げた時、膝を向ける方向によっては、膝の関節に負担をかけてしまう方向、というのがあります。
布団ほどもあるベースカバーをたたもうと踏み出す時、車のブレーキを踏む時、わたしは、膝の関節に負担をかける方向に、膝を向けて曲げるというアレンジをいつからか採用していました。

それに気づいて、本来の構造と合った方向に曲げることを日常で意識したところ、膝の痛みが出ることはなくなりました。
もし、膝の使い方を改善しないままでいたら、普段の生活でもいずれ膝をさらに痛めただろうし、そもそも用心して、10時間も歩く必要のある屋久島に行くことを、自分の人生に取り入れなかったでしょう。

自分の今の歩き方のままで、今よりも歩くことを増やしてもOKかどうか?
自分の身体にしっかりと尋ねてから、ウォーキングに取り掛かっていただきたいと思います。

2.「ウォーキングで健康になる」ために気をつけたい3つのこと

自分の身体のためになる、あるいは健康につながる「ウォーキング」とするために、気をつけていただきたいことを3つ、まとめました。

2-1.靴をチェック

ご自分の靴を見た時、かなり変形していたり、靴底がものすごくナナメに減っているとしたら。
また、ご自分の靴の痛み方について、今現在何か気になってることがある、としたら。

その理由が自分で把握できていて、よりよい状態を保てるよう、靴やご自分の足について、改善したり手入れをしていますか?
あるいはまた、改善の必要はない、と自分で判断できていますか?

そのどちらかなら、ウォーキングを始めるのも悪くはないと思います。
しかし、その判断が自分でできていないのなら、ウォーキングよりも先に、ご自分の靴の問題に対する謎解きから先に取り組みましょう。
それをそのままに「健康のために」というのは、自分の身体のことを置いてきぼりにした、バランスの悪い「健康」と言えます。

わたしの母も、ある時靴屋に入った時。
シューフィッターの人に、靴底がこういう減り方をしていると、いずれ腰を痛めるかも、と言われたことがあったのです。

それに取り組んでいれば、腰を痛めずに済んだかどうか、それはわかりません。
しかし、シューフィッターという、靴についての経験値を持つ人の言葉は、もう少し検討する価値があったはずです。

自分の足にあった、そして手入れをされた靴を履く、そういった自分の身体全体につながる、健康問題を、無視したままでいないでください。

外反母趾や内反小趾、タコや爪のトラブルなど、それらもまた足からの、なんらかのサイン。
そういった身体からの小さなサインをそのままに、ひとつひとつは小さくても、数を溜めていく、というのは、自分の身体を無視して使っていくということ。

そういったものに耳を傾ける姿勢をまず、持ちましょう。

それは、たとえば会社で、さまざまなトラブルや不満が起きているのに、それに目をつぶったまま、社長が新しいプロジェクトを独断的に始める、というのと同じです。

私たちの身体は、頭のてっぺんから、足の先まで、骨や内臓や筋肉まで、そして自分で考えていること、エネルギー的なもの、精神的なものまでも、それらの全てが「自分」というひとつの生命体を織りなす、かけがえのないものなのです。

部分的なイメージだけの「健康」にまっしぐらに走っても、全体のバランスという視点で考えた時に、健康とは言えないのです。

2-2.姿勢をチェック

姿勢、と言われた時、身体の見かけの状態を思い浮かべるかもしれません。
しかしここではあえてウォーキングや健康に対する「考え方」という意味での「姿勢」を取り上げたいと思います。

「健康のため」「健康にいい」というのは、本当に魅力的な言葉です。

しかし、「美味しいもの」と言われて想像するのは、ある人はステーキ、ある人はケーキ、ある人は刺身。
それと同じように「健康のために」と言われて想像することも、実はそれぞれみんな違うはずなのです。

それぞれが、何を想像して健康と感じているかはわからないのに、その「健康」が得られるだろう、これさえやっていれば、とばかりに「ウォーキング」をするとしたらウォーキングには少々荷の重い話かもしれません。
何か、いいことをやっていると思うと、人は油断するものです。

本当にウォーキングが、自分の理想とする健康にとって、役に立っているのかどうか、それをチェックしましょう。
そして、それをチェックするためには、自分が何のためにウォーキングをするのか、をハッキリさせることが必要となってきます。

いろんな病気の予防にも役立つそうだし、8,000歩という目安も出ているし!自分もそういったウォーキングの恩恵を受けたい!その気持ちはよくわかります。
しかし、それで健康になる!は、実は目的としてかなりあいまいです。

「健康なイメージ」を具体的に考えないままでいると、実際自分の役に立っているかどうかをチェックすることを怠ったり、これさえやっているから大丈夫と過信するもとになります。
ウォーキングに限らず、何かを自分の役に立てようとした時に、それはその恩恵を取りこぼしてしまう取り組み方となります。

だからと言って、難しい目標をたてることはありません。
歩くことで自然に触れたい、とか、歩いていてさまざまな物事を発見できるのが嬉しい、気分がよくなるから、という理由でもいいのです。

理由を自分の外に持つのではなく、自分ならではの理由を見つけてください。
そして、その目的とするものを、その日のウォーキングで得られたかどうか、自分に問いかける時間を持つことをオススメします。

2-3.歩き方をチェック

歩く時に、いい姿勢、正しい姿勢を、と考えると、つい胸を張ったりしてしまいがちです。
しかし、胸を張ったり、「背筋を伸ばす」と思った時にほとんどの人が自分の身体でやってみせること、それは、その人本来のデザインに、負担のかかるものになっていることが多いのです。

多くの日本人がやる「背筋を伸ばす」というのは、学校での「気をつけ」で培われたもの。
当然、あのように胸を張ると、肩甲骨の間の筋肉を非常に緊張させ、疲れさせてしまいます。

私の先生は、日本人に肩こりが多いのは「きをつけ」が身体に染み込んでいるからではないか、と言うほどです。
実はあれは、そもそもが軍隊から、学校教育に取り入れられたもの。

個人の身体の快適さを考えたものではなく、管理する側が、人を統制することを目的に使う姿勢です。
本来の人の身体が持つデザインに緊張を加え、動きに制約をかけるものなのです

健康のために歩く場合、取り入れるのは避けた方が賢明です。

また、モデルのウォーキングも、健康のためのウォーキングには適さないものです。

あれもそもそも、モデルが身につけた服やアクセサリーが一番美しく、よく見えるように作られた、洋服のための姿勢と歩き方なのです。人間の美しさや健康のためのものではありません。

美しいと感じる方も多いでしょう。しかし腕の振り方などは、(たぶん服が見えやすく、邪魔にならないように、という意図があるのではと思われます)人間の本来の構造から導き出されるうごきを、かなり無視したものとなっています。
あれも相当、肩甲骨の間の筋肉を緊張させ、人を疲れさせるはずです。

そして、そう長くない距離のランウェイを、人に見られながら、演出的に歩くためのものです。
ですから、やりたいのならばその効果を十分理解した上で、適切な時にやることにしましょう。

奇妙に聞こえるかもしれませんが、どうか、「正しい歩き方」をしようとしないでください。
自分の状況も、足の下の条件も、周りの環境も刻々と変わります。

その中で、その瞬間瞬間の正しい歩き方を「自分で(意識して)」コントロールしようとすることは、すでにその状況や条件、環境にきちんと無意識で反応し、最適に変化しようとしている、自分の身体の素晴らしいシステムの、ジャマをすることにしかなりません。

2-4.どうやって歩けばいいの?

どうぞ目一杯楽しんで歩いてください!
一緒に歩く人と話を楽しみ、周りの景色を楽しみ、空から足元まで見たいと思うものを見て、美しい、と立ち止まり、かわいい、と、微笑みながら。

木々の匂いを嗅ぎ、この時間が、どんなに自分にとっての、栄養となるのかを感じ、そして新しい一歩の先にはどんな瞬間が待っているのだろう、とワクワクしながら。
風や温度の移り変わり、すれ違う人の中で、靴底にあたる土やコンクリートの質感の変化を感じながら。

そうやって、生き生きと歩くことが「健康」のまず最初の一歩です。
本当にやりたいことを選んでいる、楽しんでいる、という状況ならば、人の身体は、必要なうごきをしてくれるもの!

それで健康になる、は結果にすぎません。

人の考えや意識は、意識できる部分が10%、あとの90%は無意識の領域。
その10%の意識で考えた正しさを身体に押し付け、必要以上に「胸をはって」とか「目線を前に」とか、どのくらいの歩幅で、なんていう余計な口出しをしなくていいのです。

身体には、自分の身体を最適に使う機能と知恵が備わっています。
その力を目覚めさせ、発揮させ、身体の声を聞く。

そうやって身体と協力しあいながら、楽しくウォーキングに取り組んでください。
歩き方を改善したいなら、その後です。

2-5.トラブルがある場合

膝や腰に、痛みがすでに出ている状態なら、無視せずに、先に医者なり治療院なりに行きましょう。
身体からの価値ある大切なお知らせを、無駄にしないでください。

しかしそこでも「健康のため」という基準でその診察結果にただ従うだけでは、自分の身体の役にはたちません。

もし、これ以上歩くとさらに膝を痛めるので、ウォーキングはやめなさいと医者から言われたとします。
それに従うのも、従わないのも実はどちらが正しいというのはなく、ただ、その人の選択でしかないのです。

その人がほんとうに他にはないくらい、歩くことに喜びと生きがいを感じているのに「健康のためだから」とウォーキングを止めることを選ぶとしたら。
そしてココロに大きな損失と悲しみを抱えることになるとしたら。

関節は確かにある程度健康に、温存されるかもしれません。
しかし、その人の身体も心も含めた全部、人間としての存在全体として考えた時に、その人は、健康であると笑顔で答えられるでしょうか?

わたしの先生で60代アメリカ人の女性がいらっしゃいます。
彼女は実は膝の十字靭帯にトラブルを持っていて、普通ならば手術が必要だし、そのまま長距離を歩くのは進められない、という状態にもかかわらず、ご自分の膝の使い方を丹念に研究し、手術もせずに、自然の中でのウォーキングを続けています。

それは、歩いて自然に触れることをこよなく愛し、それをかけがえのない自分の喜びとしているからこその、万一のリスクも納得した、彼女の自分自身の身体に対する責任を持った上での、力強い選択なのです。

もし誰か、足が動かなくなったとしても、まだウォーキングをしたい!と強く願う情熱を持っている人がいるとしたら、その人にとっては、ウォーキングを諦めるのではなく、さまざまな知恵と工夫とテクノロジーを駆使してそれを実現する、という選択肢を探ることが、健康と幸せを手に入れるものとなるでしょう。

もしも、それを「健康」のために諦めるとしたら、いったいなにを健康と言うのでしょうか。
あなたの「健康」はいったい、どんなことですか?

3.「健康のため」に、ムリやガマンをしない!

「ウォーキング=健康」は、幻想です
健康になる人もいれば、ならない人もいます。しなくても健康な人はいます。
タバコは健康にいいのか悪いのか、という議論とも似ていますね。

喫煙は、確実に人間のさまざまな機能にダメージを与えるというデータがあります。
しかし、実際にそれを一生吸い続けても長生きできる人もいれば、自分では吸っていなくともダメージを受けてしまう人もいます。

ウォーキングはさまざまな病気の予防にもいい、というデータはありますが、健康になる保証はどこにもありません。
そして、健康のため、とムリや我慢をしてウォーキングすることは、健康のためにはなりません。

3-1.「健康のため」に条件を整える

ウォーキングがもし、1時間に満たないものだとしても、準備をし、自分の身体が快適であるように、条件を整えてあげましょう。
ウォーキングはスポーツ未満といった手軽な感じが人気なのでしょうが、まぎれもなく「スポーツ」です。

自分の快適さをしっかり考え、それを叶えるということを、自分のためにやってあげましょう。
なにかしらの効果を望むなら、よけいにです。

なにかそういった、小さな小さな「めんどくさい・イヤ・気持ち悪い」をそのままにしておくことで「好きだったはずなのに、あまりやりたくない」という状況になってしまうこともあります。

そんな時、やりたくない原因を、自分の飽きっぽさや根気のなさだと勘違いして、自分を責めたり、本来必要のない自分へのダメ出しをしてしまったりしたら、ちょっと残念ですよね。

ほんのちょっとの快適さの積み重ねを心がけて、純粋な「楽しい、また行こう!」という自分の楽しさをこまめにサポートしておく。
そうすれば逆に、そこまで準備をしたのにどうも気が乗らない、続かないのは、自分が飽きっぽいからではなく、確実に自分にとって向いていない「だけ」の話だということがすんなりと納得できるはずです。

そういう自分の納得を大切にしていってください。
面倒がらずに、もったいながらずに。
丁寧に自分の快適さに耳を傾け、それを叶えていってあげましょう。

もし、買い物の行き帰りに歩くと決めて、重たいものを買ったり、片方の肩にたくさん担いだり、両手がふさがるような歩きづらい条件になりそう、というならば、それも見直しが必要です。
せめてリュックにするとか、歩くのは別の機会をもうけるなど対策をとりましょう。

通勤で、降りる駅を一つか二つ手前にしてウォーキングを、と考える場合も同じ。
ウォーキングに適さない靴のまま歩くことが、自分の足にいいことかどうか?

そして汗をかいたら冷えやすい素材の服のまま、汗をかくべきかどうか、など、考えてあげる必要のあることは結構あるはずです。

その時間を利用するしか、ウォーキングするヒマがない、でも健康のためになにかしたい!という状態だとしたら。
自分が好きでやりたいと思う、今の自分のライフスタイルに適した、ウォーキング以外のことを選ぶという選択肢もあるのです。ジムでマシンを使って歩くこともできます。

あるいはまた、自分の健康のために費やす時間もゆとりもない、という、そこを変えることに、先に取り組む必要があるかもしれません。

3-2.「健康のため」にムリをしない

毎日歩くと決めたから、1日8.000歩にもう少しだから、と、ついついその時の自分の体調や気持ちに、目をつぶってしまうことがあります。
「あと少しだから」とか、「もったいない」とか、「いいって言われたから」とか、「これだけ歩くと決めたから」とか。

その時の状態と気持ちではなく、定めた目標とか、外からの評価など、自分の外に基準を置き、自分をそれに従わせてしまうのは、自分の身体や気持ち、存在を無視すること。
それは「自分の健康」に気を配っていない状態です。

人は、頑張るのが大好きです。
あまりやりたくないなーと思っても「頑張って」やる。
その乗り越えた感に対し「健康にいいこと」をやったのだ、というちょっとずれた解釈をし、それを満足感としてしまうことも。

ある大学での実験で、生徒に万歩計を持たせたら、なにも指示してはいないのに、自然とみんな歩く距離が増えてしまったんだそうです。
ゲームのように楽しんだ結果なのでしょうが、そんなふうにも、人は簡単に影響を受けてしまいます。

何か「どうしよう」と迷うことがあったら、「楽な方」を選びましょう。
人の身体は、自分の要望通りに応えようとして、さまざまにできる限りのムリをしてしまう、誠実さを持っています。
火事場の馬鹿力がいい例です。その可能性を、自分を痛めることに使わないようにしてくださいね。

3-3.「健康のため」にガマンをしない

実はあまり歩くのが好きではない、気が進まないのに「健康にいいから」と、やる。

それは「健康ではない」だけでなく、ただの時間のムダでしかありません
まず、楽しいと感じられることをやりましょう。それが大前提です。
楽しくなくなったら、途中でやめてしまっていいんです。

1日中、本当に楽しいと思うことだけで過ごせるとしたら、どうでしょうか?
ウォーキングをしなくても、そのほうが健康だとは思いませんか?

何か身体に違和感を感じたとしても、そのまま歩き続ける人がいます。
立ち止まっていいんです。

車や人の邪魔にならない場所である必要はありますが、それ以外なら、どこでも。
誰に負けるわけでもありません。

喉が渇いたり、お腹が空いたり、トイレに行きたくなったり、それもきちんと対応しましょう。
登山やハイキングなら、ペース配分をして休憩や栄養補給もしっかりとるはずですが、近所を気軽に歩くウォーキングでは、以外とおろそかにしがちなものです。

何かを途中でやめる、ということを、人はなかなか選びたがりません。
しかし、健康のためを考えるならばよけい「途中でやめてもいい」と言い聞かせてから、歩き始めるようにしましょう。

3-4.「健康のため」の他の選択肢

近所で気軽にできるということで、街中を歩くことも多いはずですが、街中は以外と危険が多い場所でもあります。
最近は自転車が、横断歩道を、青でも歩行者すれすれに突っ切っていくのをよく見かけます。

そういった自転車や、車やバイクとの接触事故。
また健康面で考えるなら、交通の量が多い道路近くを歩く場合、その空気を吸うことが果たして身体にいいのかどうか。

ウォーキングをしていれば健康でいられるという保証はなく、それはほかの健康にいいと言われることでも、同じように保証はないものです。
喫煙をしながら長生きする人だっています。

考えてみてください。
「タバコを吸うことは悪いことだ」と思い「あぁまた吸ってしまった」と反省して自分を責めながらタバコを吸う人。
「タバコは健康に関係がない」「タバコは健康にいい」と思って美味しくタバコを吸う人。

同じだけ吸っていたとしても、確実に後者の方が健康と言えるのではないでしょうか。

なにが健康か、というものの正解はありません。
それは他人と同じであるはずもありません。どんなものにも、いい面と悪い面があるのです。

だとしたら、自分の健康のために、自分の心から望むことを選び、その選択を楽しむことが一番の方法ではないでしょうか。

あなたは、自分の住んでいる街を歩くことが好きですか?歩いてみたいと思いますか?
YESならば、さぁ、ウォーキングの準備を始めましょうか♪

4.まとめ

「これをしているから大丈夫」「誰先生にみてもらっているから大丈夫」「健康にいいと言われているからこれをやる」そして「歳をとれば痛いのも調子が悪いのも当たり前」と納得してしまう。

そんな人生って、実はとても楽ちんです。
そういう人生を選ぶのも、その人の自由です。誰にも文句を言われることはありません。

自分にとって「ウォーキング」が、自分の望む健康につながるのかどうかをしっかり見極め、それを取り入れるか取り入れないかを判断し、そして自信をもって選びとってください。

その判断のために気をつけていただきたい3つのこととしてお伝えしたのは、

・靴をチェック!
・姿勢をチェック!
・歩き方をチェック!

の3つでした。

「健康になる」などの魅力的な言葉に惹かれ、自分の普段の生活に、今までより何か余計なものを取り入れようとする時は特に、身体に関するものの場合にはなおさら、本当に「自分の健康のため」になることを、選びとってくださいね。

あなたがウォーキングを楽しみ、ワクワクと100歳までもの人生を送られますよう、願っています♪

ABOUT ME
中條 マキコ
3歳からの横浜育ち、横浜在住。 PC歴22年とフリーランスでのイラスト・webデザインの仕事の経験を生かし、その人の「想い」を反映させた集客ツールづくりをお手伝い。アレクサンダー・テクニーク教師、シータヒーリングマスターでもある。パソコン大好き。手帳から骨格標本から部屋の内装まで、モノをカスタマイズ工作することが好き。ウッドベースが趣味で毎月Jazzライヴに出演中。

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